14. 「建築の品質」とその管理について
(1)「建築の品質」とは何か?
●構造偽装問題が提起したもの
構造偽装問題で有名になったヒューザーの社長・小嶋進氏は、世界的な経済大国を自称する日本人が、60平米しかない狭い住居で生活していることをおかしいと考えた。そこで100平米を超えるマンションを、4千万円台で売り出した。
そこには太い柱や目障りな梁も少なく、開口部は広くて見かけの良い快適空間が作られ、そのマンションはあっという間に完売されていった。
ヒューザーの事業は、この大型・低価格マンションの販売により急成長した。ところが、2005年秋に、突然、そのマンションが震度5以上の地震で倒壊の危険性があるという、致命的なカシを持つことがわかった。
そのため、ヒューザーのマンションの購入者たちは、この快適なマンションの財産価値を一挙に失った。その上に立ち退きを迫られ、後にはローンだけが残るという悲運に見舞われることになった。
ヒューザーのマンションを建築した木村建設の篠塚東京支店長は、施主である小嶋社長の方針に従い、コストがかかる鉄筋量を通常は平米100キロ程度はかかるものを、平米70キロ以下にするという方針を出した。
鉄筋を少なくしたことから、コストは下がっただけではなく、施工は単純化され、工期は大幅に短縮された。
しかもこのヒューザーと木村建設のコストダウンの方法は、イーホームズなどの検査機関による「厳重な検査?」に合格し、社会的にはなんらの問題はないと考えられていた。
姉歯建築士は、鉄筋量を平米70キロ以下にするためには、耐震強度を1.0以下に設定しなければならなかった。ところが0.5以下で構造計算した確認申請書までが、おどろくべきことにすべて審査機関により適法と認められた。
あげくのはては、藤沢のマンションのように耐震強度0.15しかなく、地震がなくても自重で倒壊の危険性がある物件まで、確認申請が通り発売された。
この構造偽装問題が最初に提起した問題は、まず、この欠陥品質のマンションを作り出した責任がどこにあるのか? ということであった。その責任のすべてが、売主であるヒューザーにあるのは当然であるが、事態はそれほど単純ではない。
直接、耐震強度を下げて構造計算書を作った姉歯建築士の責任、また耐震強度を下げるコストダウンを指示した木村建設の篠塚東京支店長の責任、さらに、この欠陥品質のマンションを適法と認定した検査機関イーホームズの責任などは、一体、どうなるのか?
それらは国会の参考人招致以来、社会的問題になり、その関連でマンションを販売したヒューザーの責任が追求されることになった。しかし一方、犯人探しよりも、被害者の救済措置を優先させるべきであるというもっともな理由で、早くもこの厄介な問題に幕引きをねらう動きも出始めるようになった。
もともと構造欠陥マンション問題の起原は、今から10年前の阪神・淡路大震災により、バブル期に作られた高層ビルや高速道路の橋脚が倒壊するという、従来の予想を超えた建築品質の欠陥が露呈したことに端を発していた。
このとき復興を優先させるという大義名分のもとで建築品質への論争を封じ込めて、建築基準法の小手先の改正によりごまかした結果が、今回の事件における構造欠陥という致命的なカシになって現れたことを、我々は知る必要がある。
ヒューザー社長の小嶋進氏は、イーホームズの社長に対してはからずも名言をはいた。「このような問題は、地震が起こった後で発表すればよかったのだ!」と。
私は思う。今回の事件は、地震が起こる前に発覚して本当に良かった!これで本当に建築の品質に大きな問題があることに、ようやく一般市民も気がついたはずである。
関東地方に大震災が来る前に建築の品質問題を考えておかないと、今度地震が起こった時には、日本の建築倒壊の責任はすべて天災に押し付けられて、偽装構造による人災までが再度、金儲けの道具に利用されるところであった。
●「建築の品質」における3つの側面
―「つくる品質」、「買う品質」、「社会的品質」
「建築の品質」は、次ぎにあげる3つの側面から考える必要がある。
(a) つくる品質 ―建築を作る側から見た品質
建築の設計、施工、維持に関わる、技術的特性で示される品質のことである。これは更に、次のようなものから構成される。
・設計品質 建築物の品質を情報として提供=「ねらいの品質」
自然の諸力(雨風、寒暑、天災)から人間を保護するための品質
社会的条件に対して適合させるための品質(法律、慣習など)
生活の快適性をつくりだす品質
生活条件への適合を維持するための品質
・施工品質 設計品質を建築物として作り出す品質=「ものの品質」
建築物を構成する部材、材料、外注などものの品質
建築物を作り出す人の品質
・維持の品質 出来上がった生活空間を維持する品質=「利用の品質」
建物の維持管理に関する品質
(b) 買う品質 ―建築の買い手から見た品質
上記の「つくる品質」が技術的な性格が強いのに対して、建築の買い手には技術のことがよく分からない。そこで「作られた建築物」から、買手が享受できる利益の面から見た品質がそれである。
たとえば世界保健機構(WHO)の建築性能評価では、次ぎの4項目を採用している。
安全
健康
効率
快適
この4項目は、まさに建築物の買い手が享受する受益品質の特性を示している。
しかしこの買手の受益品質は、つくる品質に比べて物理的な測定が困難な場合が多く、心理的、官能的にしか評価できないことが少なくない。つまり建築の買い手から見た品質は、感覚的な言葉でしか表現できないことが多いのである。
たとえば「あなたはどのような家を求めたいですか?」と聞かれたとき、「地震、火事などの際に安全な家」とか、「夏に涼しい家」とか、「家族が楽しく暮らせる家」とか、大変頼りない言葉でしか自分の求める「建築の品質」を表現できないのが普通である。
そこで建築技術者には、この頼りない買い手の品質要求から、構造、間取り、材質をどのようにするかを考えて、「つくる品質」の要求事項に変換する役割が求められている。
この買手の要求品質は、個々に微妙に違うため、建築生産においては「作る側」と「買う側」が、1対1で生産契約を結ぶ請負契約が通常、利用されている。
請負契約は、通常、設計図面と仕様書、見積書を契約図書として締結される。さらに、建築を買う側は、建築技術については素人であることから、建築の全過程を通じて設計者が買い手になりかわり、建築の全工程の監理と検査を行なう。
また買い手には、建築工程のすべてが公開されており、実際の建築が実現されていく過程において、買手はどこでも自由に生産者に注文を修正できる仕組みになっている。
ところがマンションでは、その個々の買手が建築の発注者ではない。ヒューザーのような販売業者が、建築の発注者になる。つまり中間的な建築の買い手であるマンション販売業者が、個々の顧客に成り代わり、建築を企画し要求品質を設定して、建築業者と請負契約を締結する。
そのため最終的な買手である個別顧客が、マンションの購入にあたって知りうる情報は、購入物件の間取りとそのイメージを表すモデルルームの標準仕様くらいのものであり、マンションの売買契約は間取り図と標準仕様書による売買契約書により締結される。
そのため、今回問題になっている耐震構造の計算書や図面は、従来は個別の買手が要求しても、入手することは勿論、直接見る事さえ難しいものであった。
(c) 社会的品質
建築の社会的品質とは、建築物の生産にあたり、「つくる品質」と「買う品質」の双方にかかわる社会的条件に関する品質のことである。
それは、次の3つの側面から考えられる。
・近隣環境により規定される品質
対象となる建築物の周囲の、社会的・環境的条件により規定される品質である。例えば全く同一の形状を持ったマンションでも、近隣に存在する学校、商店、交通機関などの社会的環境により、その品質は全く異なることになる。
これは一般的な工業製品の品質とは、大きく異なる特性である。
・近隣環境への影響により規定される品質
対象となる建築物が、周囲の社会的・環境的条件に与える影響により規定される品質である。たとえば建築物の大型化、高層化、複合化などにともない、交通、防災、防犯、健康などへの影響が問題になり、近隣の非居住者に対するマイナスの品質効果を周辺環境に与えることがある。
これを建築の品質として考慮する必要がでてきている。
・建築施工中に周囲に与える影響により規定される品質
上記の2つの社会的品質は、建築完成後の周辺環境との関係により規定される品質である。しかし工事期間中に周辺環境に与える影響も、建築の品質と考えられる。
最近では近隣との紛争も多く、それらが建築完成後に居住者に影響を与えることがある。
建築の品質は、上記の3側面から構成される多次元的性格をもっている。そのため「良い建築」といっても、人、立地、時代により異なる多次元で決められるものであり、一般的な工業製品の場合よりは、遥かに複雑な要素で構成されている。
そこで建築の品質管理は、これらの通常の工業製品よりは難しい取り組みが要請されるため、逆に工業製品よりは品質管理が遅れたという実情があった。
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