11. 戦争ゲームを考える −フォン・ノイマン仮説の破綻
2004年9月、アメリカでは大統領選挙を前にした共和党大会がニューヨークで開かれている。国際通信回線の飛躍的な発達のおかげで、日本にいてもNHKのBSでその実況が国内放送と同様に見られるようになった。
しかしハイビジョンの導入により、いままで見えなかった女優さんの肌の荒れまでが写しだされたように、アメリカの共和党大会の実況は、会場内の空虚な馬鹿サワギと1800人もの逮捕者を出した会場外の反ブッシュ・デモの対照を通じて、現在のアメリカ政治の深刻な亀裂を全世界に示した。
共和党大会の内容は、ブッシュ大統領はアメリカがテロとの戦いに勝利を収め、かつてないほど安全になったと実績をアピールしたのに、一方では、アメリカが再び大規模なテロに襲われる強い危険性を訴えるという矛盾したものになった。
ブッシュの父親の政権は、幸い4年で終わったため、1995年に予定されていたアメリカの国家破綻はクリントン大統領の新しい財政政策により回避された。しかし、今度ブッシュが大統領に再選されると、テロ戦争にかくれていたアメリカ経済が10年遅れで再び破綻に直面する恐れが非常に強くなってきている。
そのことをアメリカ国民も多分に実感しているため、ブッシュ政権に対する支持率はアメリカ国民の半数を割り込んでいる。そのため現在のアメリカは、もはや統一国家といえないほどの分裂状態にある。その最大の理由は、産軍複合体を背景にしたブッシュ政権による、経済を無視した軍事優先かつ好戦的な体質にある。
この問題をここではフォン・ノイマンのゲームの理論との関連から考えてみたい。
(1)フォン・ノイマンとゲームの理論
ジョン・フォン・ノイマン(1903−1957)は、アメリカの原爆開発に関わった科学者であると同時に、現在のコンピュータとその原理を最初に開発した数学者でもある。 更に、スタンリー・キューブリック監督の映画「博士の異常な愛情」(1963)の主人公のモデルとしても知られている。
通常、数学者には現実世界と離れた抽象的な仕事の関係から市井の人々とは関わりが少ない学者が多い。しかし、フォン・ノイマンは世界的な数学者であるにも拘らず、上記の応用面の広さから我々との接点が非常に多い数学者である。
このフォン・ノイマンの数学者としての代表的な業績が「ゲームの理論」である。その内容は、マトリックスを使った数学手法を駆使しているため説明が難しいので、ここでは簡単な例により説明してみよう。
まずX,Yの2人が、お金をかけてジャンケンをする簡単なゲームを考えてみる。
ジャンケンに負けた方が、勝った方に千円支払うことにする。その金銭の支払い方法は次表のようになる。
ジャンケン・ゲームの支払い行列(単位:千円)
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Y
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X
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グー
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チョキ
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パー
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行のMIN
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グー |
0
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1
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-1
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-1
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チョキ |
-1
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0
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1
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-1
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パー |
1
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-1
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0
|
-1
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列のMAX |
1
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1
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1
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上表の意味は、たとえばXがグーを出して、Yがチョキを出すと、Xが勝ったわけで、XはYから千円受け取る。これが上表の「1」の意味である。また、このときYがパーを出すと、Xが負けたわけで、XはYに千円支払う。これが上表の「-1」の意味である。
●単純方策ゲーム
ジャンケンの仕方についてXとYの方策が立てられる場合をまず考えてみよう。ここでの方策とは、グーの次にチョキを出すとか、チョキの次にパーを出すとかいうことを作戦として考えることである。何度か勝負をすると、相手側の作戦も統計的に計算により推定ができる。
このようなX側の作戦(以下、方策という)をX1,X2、またY側の方策をY1,Y2であらわす。
さて、XがジャンケンでX1,X2という方策を採用した場合、Yの方策Y1,Y2との支払い行列は次表のようになったとする。
方策による支払い行列(単位:千円)
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Y1
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Y2
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行のMIN
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X1 |
10
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-7
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-7
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X2 |
13
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15
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13
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列のMAX |
13
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15
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▲Xになったつもりで考える。
方策X1を採用すると、10千円もらえるか7千円とられるか、どちらかになる。また方策X2を採用すると、13千円もらえるか、15千円もらえるかどちらかになる。したがってX側としては、方策X2をとると収益が最大になる。
▲Yになったつもりで考える。
方策Y1を採用すると、10千円とられるか13千円とられるかのどちらかであり、方策Y2を採用すると、7千円もらえるか15千円取られるかのどちらかである。損失を少なくする観点からはY1が望ましいが、Y2の方策は7千円もうかる。しかしXがX1という方策をとることは、絶対にありえない。とすればY側にとっても損失が最少になる方策Y1が望ましいことになる。
▲サドル(鞍)点
つまり上例において、Y側から見ると損失を最少にする方策が望ましく、X側から見ると、収益を最大にする方策が望ましいと考えたゲームになる。その双方の望ましい方策が一致する点は、行のMINの最大値,列のMAXの最小値の交わる点であり、これをサドル点という。上表では13千円がそれになり、X,Yの双方にとって最も良い方策となる。
●混合方策ゲーム
初めてXとYがジャンケンを行う場合、双方共、グー、チョキ、パーの選択の確率は3分の1である。この場合は、方策の選択もランダムになる。最初にあげた支払い行列がそれであり、このような場合にはサドル点が存在しない。このようなゲームを混合方策ゲームという。しかしこの場合にも同一のプレイヤーが何度かゲームを行った場合には、その結果を解析してみると、単純方策ゲームの形になる場合が多い。
●2人ゼロ和ゲーム
さてこのフォン・ノイマンのゲームにおいては、プレイヤーの一方が儲けた場合には、相手方のプレイヤーは、それと同額の損失を蒙る。つまりゲーム参加者の利益と損失を合計するとゼロになり、このようなゲームを、「2人ゼロ和ゲーム」という。
このようなゲームの前提条件は、当たり前に思われるかもしれないが、現実のゲームを説明するには極めて非現実的な仮説である事が分かってくる。それを次に述べる。
(2)ドル・オークション
このゲームは、ランド研究所のマーチン・シュビックによって1950年代の初期に作られ、1971年に発表された。ゲームの内容は、1ドル札を次に揚げる2つのルールに従い、オークションにかけるという簡単なものである。(ウィリアム・パウンドストーン「囚人のジレンマ」黄土社、331頁)
第1のルールは、競り値はいくらでもよいが、1ドル札は最高の競り値をつけたものが落札する。毎回、競り値は上がらなければならない。そしてだれも新しい競り値を言わなくなったところでゲームは終わる。特に回数に制限はない。
第2のルールは、2番目に高い競り値をつけたものは、自分が最後につけた値段と同額の金額を支払わなくてはいけない。その見返りは何もないので、だれも2番目になりたくないが、だれかが2番目になる。
ゲームの開始にあたり、競売人が「10セントはありませんか?」と声をかける。これで落札できれば、10セントで1ドル札が購入できることになる。そこで、誰かが「15セント」という。これで落札できれば、85セント儲かる。そこで第2の人が「20セント」という。この調子で進むと、誰かが1ドルをつけたところでこのゲームは終わるかと思う。ところがゲームは終わらない。
誰かが1ドル札に1ドルの競り値をつけたとしよう。その前の競り値が90セントであったとすると、この競り値をつけた人は90セント払わなくてはならない。勿論、1ドル札を手にする事はできないので、その人はまるまる90セントの損失になる。そこで90セントをつけた入札者は、「1ドル10セント」の競り値をつける。1ドル札を1ドル10セントで購入しても、その場合の損失は、10セントであり、ゲームを放棄した場合の損失90セントに比べて、大幅に損失を少なくすることができる。
つまりこのゲームでは、1ドル札=1ドルの価値という水準を境にして様相を一変する。競り値が1ドルまではいかに利益を大きくするかであったゲームが、1ドルを越えた途端にいかに損失を小さくするか、というゲームに変わる。
更に恐ろしいことには、この損失を小さくするゲームでは、第2の入札者の手持金がなくなるか、損失を受入れてゲームを放棄するまで終わらないゲームに突入する。
フォン・ノイマンの2人ゼロ和ゲームは、ゲームの参加者の利益と損失の合計がゼロになるゲームであった。ところがドル・オークションは、入札参加者がすべて損失を蒙る悪魔のゲームなのである。
では入札参加者の損失により利益を得るのは誰かを、ゲームの作者は決めていないが、考えられるのはゲームの主催者である。
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