(20)血圧の分析とセカンド・オピニオン(2)
★日本の現代医療を考える
● 「セカンド・オピニオン」とは?
最近、NHKをはじめ民放TVでも紹介され始めたのが、「セカンド・オピニオン」という新しい制度である。
私が最初にTVで知ったこの制度は、九州大学に在籍された外科の先生が、乳がん治療に対して始められたものであった。
その制度では、たとえば乳がんと診断された女性が、主治医から治療には全摘しかないと告げられたとする。女性にとって、性の象徴としての乳房を失うことは、精神的に死刑を宣告されたくらいの衝撃と思われる。
このような場合、主治医とは別の医師に対して、更に異なる治療方法の意見を求めることへの道を開いたのが、「セカンド・オピニオン」という制度である。
TVでは、第二の医師がこのような制度を始めたのに、思ったように患者がこない、と語られていた。その障害になったのは、第二の医師が「オピニオン」を表明するにあたり、主治医の「紹介状」を要求したことにあった。
患者の立場からすると、別の先生の意見を聞くために主治医に「紹介状」を請求することは、とりもなおさず主治医への不信任を表明することである。患者にとって、それは相当に勇気を必要とする行為であった。
しかし一方、第二の医師の立場からすれば、最初の医師がどのような診断をし、どのような治療方針をたてたのかを知らなければ、第二のオピニオンや提案のしようがないわけであり、その要求は至極当然のものであったといえる。
問題は、「紹介状」という奇妙なものを第一の医師に要求することにある。
●医師と患者の契約関係を考える
現在の日本における医師と患者の関係を考えてみると、それは、民法上の「委任契約」に該当すると私は思う。もしそうであれば、民法第645条により主治医=「受任者」は、患者=「委任者」の請求があれば、「何時にても委任事務処理の状況を報告」することが義務付けられている。つまり患者が必要としたら、医師はいつでも「委任事務処理の状況報告」をする義務があるのである。
医師にとっての「委任事務処理の状況報告」とは何か?といえば、それは「診断書」であると私は考える。問題は、現在の診断書の内容が、「委任事務処理の状況報告」の要件を満たしていないことにある。つまり現状の診断書では、医師が診断した病名しか記載されていない。問題は、このような診断書では、第2の医師はこの診断から新しい見解を出すことができないことにある。
「診断書」が、「民法」が規定している通りの「委任事務処理の状況報告」であるならば、まずその病名と診断した根拠、更にその病気に対する医師の治療方針、治療計画と実施状況がそこに書かれている必要がある。
もし「診断書」が、民法が規定するとおりに病名、診断根拠、治療方針ないしは治療計画とその進行状況を記述したものであるならば、第2の医師は、それを見て自分なりの診断、治療方針、計画を含む「セカンド・オピニオン」を作ることはそれほど難しくないであろう。つまり「紹介状」などは、全く不要のはずである。
さて現在、医師が患者に対して負う責任や義務については、その内容を「医師法」が定めている。ところが医師と患者の関係は、生命にかかわる重大な契約関係であるにも拘わらず、同法が医師に対して負わせている義務は極めて少ない。
現在の患者と医師の契約関係は、医師側の負担を極度に軽くした完全な「片務契約」といえるのである。
「医師法」第19条では、「診断書、検案書、出生証明書もしくは死産証書の交付の求めがあった場合には、正当の理由がなければ、これを拒んではならない」と規定されている。すでに「民法」では、「委任事務処理の状況報告」を求める権利を委任者側に認めているにも拘らず、「医師法」ではそれを「診断書」の範囲に限定してしまったのである。
折角、民法が患者にとって有利な権利を認めていても、医師法がそれを否定しているため、実際には民法の規定は患者に対して適用されないことになる。これは非常におかしなことである。唯一、現行法の下で患者が権利として要求できる「診断書」の記載要件の改善を含めて、患者側が改善を要求すべき大問題であると考えられる。
その意味から、「セカンド・オピニオン」という制度が、心ある医師たちにより行われ始めた意味は、非常に大きいと思われる。
そこでこの際、セカンド・オピニオンにも役立たない現行の「診断書」の記載要件の改善を是非、お願いしたいと私は考えている。
セカンド・オピニオンという制度は、乳がんの治療を目指す心ある医師たちの運動として始まった。ところが、その運動は、あっという間に広範な広がりを見せ始めたようである。まず、病院全体で取り組もうという動きが出てきた。それは当然、「乳がん治療」という領域から、その病院が担当する医療分野の全体へ領域が拡張されたことを意味している。
更に、「セカンド・オピニオン」、つまり第2の医師の意見を求めるという制度は、複数の医師の意見をきける「マルチ・オピニオン」の制度に拡大され始めた。
これまでの日本では、権力者が病気になったときには、「医師団」が結成されて治療に当たるのが普通であった。
これが一般庶民でも理論的に可能になったわけである。本格的な高齢化社会への突入を前にして、心ある医師たちによる医療改革はようやく始まったようである。
セカンド・オピニオンとかマルチ・オピニオンという制度が一般化すれば、それに取り組む医師や病院の姿勢も自然に市民の前に公開されることになる。このことにより、特に優れた医師や病院の姿がわれわれの前に明らかになり、粗悪な医師や病院は自然に淘汰されることになるであろう。
これが医療における「市場原理」である。この自然発生的な医療改革の行方には大きな期待がもたれる。
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