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脳卒中の記録
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  (17)2度目の冬(2)
★調布・生活者ネットワーク 第1回リハビリ・セミナー 
 2003年10月17日の午後、調布・生活者ネットワークの連続学習会第1回において「リハビリ」の話しをさせて頂くことになった。市民活動に関わる方々のミーティングは、通常、調布市役所の関連施設の「田つくり」で行われことが多い。しかしこの日は、後述する地域リハビリの新しい実験場の候補を見ていただくため、フラワー・パーク「アンジェ」のセミナー・ルームを会場に設定していただいた。

 当日は晴天に恵まれて20名近い参加者があった。この闘病記の最初に書いたように世界一の大都市・東京は、不幸にして障害者のリハビリについては、おそらく先進国で最も遅れた都市である。その大都市が、21世紀のはじめには、人類がかって経験したことのないほどに高齢化した社会を迎えようとしているのである。
 そのとき、我々は一体、どうしていったらよい良いのであろうか?

 当日、私は自分の体験を中心にして、脳卒中者のリハビリが、一般病院、専門病院、退院後においてどのように行われているか、そしてそこでのリハビリの実情と問題点について話した。
 その概要は闘病記の(15)、(16)に述べたので、ここでは退院後の居宅介護のしくみと問題点について述べることにする。

●介護保険のしくみ
 従来の医療制度は、病院とその関連施設を中心に行われてきている。脳卒中を例にとると、その入院期間は長いが、それでもせいぜい6ヶ月程度(最近では、3ヶ月?) である。脳血管障害による障害は残念ながら基本的には完治しない。
 そのため半年たつと障害を持ったままで病院を退院することになる。そしてその後は、自宅において家族の責任において患者の介護が生涯にわたって継続されることになる。

 2000年から始まった介護保険制度によりこの状況が大きく変わった。まず患者が居住する地域ごとに「居宅介護支援事業者」が認定されおり、病院を退院した患者はここへ連絡するとケア・マネージャーが自宅へやってきて、介護保険における要介護の認定書類を作成してもらえる。
 この書類を患者が居住する市町村の介護福祉の担当部門に提出して「要介護度」の認定を受けると、その程度に応じた「介護サービス」を介護保険によって受けることができるようになった。

 実際の介護サービスは、要介護の認定が終わると、ケア・マネジャーと相談して「介護サービス計画」が作成され、地域に複数箇所存在する「介護保険事業所」が提供する介護サービスの中から自分の計画に合う事業所を選択して、そこからいろいろなサービスを受けることが出来るようになった。
 
 そのサービスの内容は、(16)に示したように多種類ありそのかたちは立派に出来ているが、実体にはいろいろ問題点がある。ここでは脳卒中者の居宅リハビリを中心にその問題点を述べる。

●脳卒中者の居宅リハビリの問題点
 脳卒中者の機能回復が6ヶ月(3ヶ月?)で終わりになる理論的根拠は、実は非常に薄弱である。しかしこの薄弱な根拠により、従来の脳卒中患者は退院後に満足なリハビリの場を与えられず、設備もない自宅で我流のリハビリを余儀なくされてきた。そのため退院直後のレベルをその後に維持するだけでも大変であったと思われる。

 その上、仮に退院後に機能改善をした患者があったとしても、それが医学的な記録になることは全く期待できない。つまり退院後の機能回復は、期待できないのではなく、厳密に言えば過去には記録がなかったというべきであろう。

 事実、山梨温泉病院にいた時、私の前の部屋の女性の患者さんは、ほとんど腰が立たないほどの重症の方であったが、発症後6ヶ月をへた退院の間際になって急速な機能改善が見え始めた。
 従って、もう少し入院できたらかなり改善が期待できると思われたのに、期限がきて退院を余儀なくされた。退院後の居宅リハビリでは、PT,OTの先生がそれまでの病院のリハビリの実績や方法を連続的に継続することは困難であり、また最初の段階からリハビリを始めるため継続的な機能改善は期待できない。

 従来の病院におけるリハビリは、発症期と回復期を対象にしていたために、初期条件と機能改善の目標が容易に設定できた。しかし居宅リハビリにおいては、初期条件も多様である上に、脳卒中者の場合には、全生涯にわたる障害の改善が対象になることから、居宅リハビリにおける改善目標の設定は非常に難しくなる。

 更にこのように難しい課題をもつ居宅リハビリにおいて、それを指導・実行するPT(理学療法士),OT(作業療法士),ST(言語聴覚士)などの先生が、量・質共に非常に不足しているのが現状である。
 現在の介護保険におけるリハビリ・サービスには、「通所リハビリ」と「訪問リハビリ」の2種類がある。
 現状において通所リハビリのサービスを提供する機関では、PTの先生がかろうじて少人数確保できたに過ぎず、OT,STについてはまだ療法士の先生の確保さえままならない状況にある。いわんや精神的なリハビリについては、全く手付かずの状態である。

 「訪問リハビリ」にいたっては、介護サービスの一つに挙げられているが、人口20万人を抱える調布市においてこのサービスを行っている機関は、調布病院が唯一存在するのみである。しかも訪問リハビリの場合には、サービス期限が決められていないため、拡大する需要にサービスの供給は、絶対的に追いつかない可能性が高い。

 在宅の患者のリハビリを支える「地域リハビリ」の制度を実効あるものにするためには、従来の病院の施設を中心したリハビリとは大きく異なるしくみを考える必要がある。そこで今、私は梅津先生や患者さん有志と一緒になって、フラワー・パーク「アンジェ」を利用したリハビリの実験を始めようと計画している。

●地域リハビリにおける「教育リハビリ」の実験
 「地域リハビリ」とは、地域資源を用いて、地域レベルで行うリハビリ活動のことである(WHOの定義)。現在の介護保険制度の実情では、PT(理学療法士)、OT(作業療法士)、ST(言語聴覚士)の先生たちの数が極度に不足している。つまりWHOがいう「地域資源」が極度に不足している。この少ない地域資源を、最高度に有効活用しようというのがこの実験の考え方である。

 現在の厚生労働省の考え方では、リハビリの実行に当たり療法士の先生と障害者を1対1で組み合わせることを考えている。
 この考え方は、発症期、回復期の患者を対象に考える場合には、それなりの妥当性を持つであろう。しかし病院においてリハビリを長期に経験し、自主リハビリも可能な安定期に入った障害者に、病院におけるリハビリ方法をそのまま適用する必要はないと考えられる。

 在宅の障害者は、他の障害者の機能改善へのとりくみや努力の状況が分からないため、自分だけで設定したレベルを超える機能改善を諦めている場合が少なくない。この場合、自分より強い障害を持った人が自分より高い改善レベルへ向かって努力している状況をじかに見ることが出来たら、大きなはげみになる筈である。

 現状では療法士の先生が、他の障害者の例を挙げてリハビリの指導をすることは、個人のプライバシーや守秘義務などの関係からできない。しかしリハビリの施設を利用して、療法士の先生が複数の障害者を対象にした「リハビリ」指導を行うなかで、いろいろな人々の機能改善への取り組み方を学ぶことが出来れば、参加する障害者のそれぞれには大きな効果が期待できると思われる。私はこれを「教育リハビリ」と呼んでいる。

 幸い介護保険の制度では、病院の施設を中心にしたリハビリから、地域資源を利用したリハビリに大きく変わろうとしている。そこでフラワー・パーク「アンジェ」をリハビリ場として、障害者の有志が集まり、療法士の梅津先生に「教育リハビリ」の実験をして頂こうというのが、ここでの趣旨である。

 アンジェは、自然の坂道、砂利道、舗装道路、芝生、階段など、病院のリハビリ施設とは違う健常者のための施設であり、障害者にとっては難所や悪路も少なくない。病院や施設のリハビリ場を初等コースとすれば、ここは中等コースであり、従来のリハビリ施設とはかなり異なる実験場になると思われる。しかもそこは一般の車が通らないことによる安全が確保されている。また1年を通じて美しい花々に囲まれて、心を癒す優しい環境に恵まれ、ストレスは最小限に抑えられている。

 ここを舞台に、PTの梅津先生にお願いして、12月の始めに、新しい地域リハビリの実験とモデル化を行ってみたいと考えている。2003年からその実験に着手したら、その結果をご報告したいと考えている。




 
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