(17)2度目の冬(1)
★坂道の歩行
2003年の秋がやってきた。間もなく発症から2度目の冬が始まろうとしている。
昨年は9月から10月にかけて血圧が上がり始めて不気味な様相を呈していた。
私にとっての10月は、いわば丑寅=「鬼門」の月である。20年ほど前の10月にも、血圧降下剤の副作用で死ぬほど苦しい目に合った。
11月1日の朝、立ち上がったら装具なしの右足が床にぴったりついて安定して直立できた。このような感覚は発病以来2年間なかったことに驚いた。一体どうしたというのだろうか?
麻痺した体の機能改善は、発症後1年を経たら殆ど期待出来ないというのが医学的な常識といわれる。しかしそれが当てにならないことが最近分かってきた。その後の改善事例がいくつもあるのである。私の場合も、10月の中頃から始めた坂道歩行の効果が急に現われ始めたのである。
昨年は11月に歩行距離を1日1キロから2キロに伸ばした。これにより、冬に向かっての血圧の上昇が大幅に改善された。しかしそれ以降の1年間は、歩行距離を2キロから3キロに伸ばそうという段階で大きな障害にぶつかっていた。
血圧は幸い今年の夏の間に大幅に改善されてきた。以前には殆ど記録されたことのない120-60という正常な数値が日常的に観測され始めている。
ちなみに9月の月平均は130-76である。しかしこのまま歩行機能の維持段階といわれる1日2キロメートルのままで冬を迎えれば、気温の低下とともに血圧は再び上昇し始めるであろう。
歩行距離を伸ばせない最大の原因は、坂道にあった。私の家の前の一般道路は、かなり長い坂道になっている。それは健常者にとってはいわゆる「坂」の仲間に入らないほどのなだらかな坂道であり、多分、傾斜角度は5-6度である。
しかし車椅子を歩行器に利用してこの坂道を降りようとすると、下へ強い力で引っ張られて途中で恐怖のため動けなくなってしまう。
障害者にとって坂道の角度は、非常に微妙であり、その角度(多分6-7度)のレベルを越えると、途端に車椅子にかかる重力が麻痺した足の支持力を超えたことを足が敏感に察知して、急に力が入って動けなくなる。
脳卒中者にとっての坂道は、登るのは比較的易しいが、降りるのは大変なのである。最近のTVで脳卒中者による富士登山への挑戦の話を見た。その方は山の途中まで上ってギブアップしたのであるが、見ている私の方はギブアップした後の下山の方が心配であった。
坂道を下る恐怖心で、どうしても1日2キロの壁が越えられなかった。そのことに悩んでいたある日、訪問リハビリの梅津先生に坂道の下り方を実地に指導してもらった。梅津先生の指導は、私の想像もしないものであった。
「麻痺した右足をまげて、左足を大きく踏み出して御覧なさい」。そんな恐ろしいことが出来るか?と思う指導である。 ところが実際に右足をまげて、左足を少し大きく踏み出してみたら体も車も一体となってスムースに坂を下り始めた。しかも予想していた恐怖心は全く出てこなかった。
坂道歩行は足の筋肉を強くする有効なリハビリの一つといわれる。その坂道を梅津先生の指導に従って比較的長い距離を下ったら、自分でも驚くほど足の力が強化された感じがした。1回坂道を降りたくらいで効果が出るはずがないと思うが、本当にそのように実感されたのである。
坂を下りるとリハビリでいつも歩く歩行者道路に入る。その道も緩やかな下り坂が続く。そして最後に短いが更に急な下り坂になってリハビリが終了する。その歩数は全部で800歩ほどであり、この坂を1日に4-5回、上がったり下りたりする訓練を始めた。通算すると1キロをはるかに超える。
このようにして私の歩行訓練は、10月の半ばから1日3キロを越える新しい段階に入った。
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