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脳卒中の記録
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  (16)地域リハビリの活動を考える!(1)
★バリヤー・フリーは絶対に必要なのか?
 2003年4月、調布の市議会議員選挙の際、調布・生活者ネットワークの福祉部会長の大木さんにお会いした時に、「バリヤー・フリー」は脳卒中者にとって必ずしも良いこととは限らない、と申し上げたことが、私にとっての事件のきっかけになった。

 私が毎日行くフラワー・パーク「アンジェ」は、或る意味で「バリヤー」(=障害物)に満ち溢れた空間である。
 階段があり、坂があり、凸凹がある。また、砂利道があり、土砂の道があり、砕石、簡易舗装の道がある。これを画一的にアスファルト舗装された一般道路に比べると、脳卒中者にとってのアンジェは、難所だらけの悪環境といえる。

 しかし脳卒中者の私にとって、アンジェの道は普通のアスファルト道路に比べると、実は遥かに歩きやすい。アンジェでは砂利や土やデコボコ道の感覚が、麻痺した足を通じて直に頭に伝わってきて、体全体が非常にリラックスしてくる。

 逆に、画一的・人工的なアスファルト道路は、変化のない地面の傾きやその硬さが頭にビンビン響いて、歩行距離が伸びるに従って体全体にストレスが高まってくる。このような感覚は、私が健常者の時には全く分からなかった。

 そのことは家の中でも同じである。一寸した家の中の凹凸は、それすら危険な一部の重症の方を除けば、むしろ一般的な脳卒中者にとっては、適度なリハビリのための刺激としてむしろ有用でさえある、と私には思える。

 このことを大木会長さんに申し上げたら、ぜひ一度、脳卒中者のリハビリについて話しを聞きたいと言われた。そしてお忙しい中を8月のある日、家までお出でいただいた。その挙句が、10月17日に会員さんを対象にして「リハビリテーション」について、アンジェを会場にして私がお話をさせて頂くことになった。

★脳卒中者のリハビリテーション
 2003年10月に私の闘病は3年目に入る。この時点において、リハビリについて話しをさせて頂くことは、自分の闘病を客観的に見直す良い機会と考えた。
 そこでリハビリテーションに関する文献をここ1ヶ月の間、集中的に読んでみた。そうしたら、私が今まで漠然と感じていたことが、それほど違っていなかったことが徐々に分かってきた。それをここでまとめてみる。

●発症期−一般病院におけるリハビリ
 私は、2001年10月20日から12月末まで東京調布市の調布病院に入院し、脳卒中の治療とリハビリ訓練を受けた。この病気の発症直後の1-2ヶ月間は、再発・余病の併発の予防、そして発症直後に発生する廃用性症候群の予防のために非常に大切な期間である。
 
 この間のリハビリが不適切であると、後に回復不能の障害を残すことが少なくない。そのため脳血管障害に関する専門医の管理下で、出来る限り早期にリハビリに着手することが望ましい。
 
 その大切な脳卒中の発症期に、私は幸い調布病院の理学療法室において適切なリハビリ訓練を受けることができた。
 しかし在京の脳卒中者にとって、その発症期に特に大切なリハビリ施設を装備した病院が、東京にはそれほど多くないのである。
 ちなみに人口二十万人の調布市には、調布病院と北多摩病院の2つしかない。

 脳卒中の患者は、昔の治療においては発病直後、絶対安静が必要とされた。しかし現在では出来る限り早い時期からリハビリに着手する方が、その後の機能回復に効果があることが知られている。

 東京に暮らす一市民の側からすると、予めその施設をもつ病院の所在を知っておく必要があるし、もし入院した病院にリハビリ施設がない場合には、その病院において、何らかの手段によりリハビリ訓練が受けられるように交渉する必要がある。

 脳卒中患者をその発症から2ヶ月以上リハビリを受けずに放置すると、麻痺した手足が固まってしまい、その後にリハビリを受けても、障害の改善は容易ではなくなる場合があり、特に注意が必要である。

●回復期―リハビリ専門病院におけるリハビリ訓練
 発症から1-2ヶ月経過すると、脳卒中の再発や余病の併発の危険性は少なくなる。この発症期に続く発病後の6ヶ月間程度を回復期とよび、リハビリの効果が大きく期待される期間である。
 そのためにこの間に、患者は出来るだけ長時間、専門的な理学・作業療法士や言語聴覚士の指導を受けて、リハビリ訓練に専念することが望ましい。

 しかし残念なことに、通常、一般病院に併設されたリハビリ施設では、患者の数に対して専門の療法士の数が絶対的に不足している。そのため、現状では、そこで質量共に十分なリハビリ訓練を期待することは非常に難しい。

 しかも巨大都市東京には、驚くべきことにリハビリ専門病院が、現在皆無であり、その上、他病院のリハビリ患者を受入れて、やや専門的なリハビリを行ってくれる病院すら殆ど皆無に近い状態にある。

 大阪、九州をはじめ、地方都市においては、最近、施設におけるリハビリ訓練に対してかなり顕著な取り組みが始まっているが、東京は依然としてほとんど絶望的とも思える状態にある。東京は日本の中でも最もリハビリへの取り組みについては遅れた都市であることを都民は認識する必要がある。

 私は、2001年12月から翌年3月まで、山梨県の石和にある山梨温泉病院へ転院して、専門のリハビリ訓練を受けることができた。この病院は、東京にはないリハビリの専門病院であり、理学療法、作業療法、言語療法に関する充実したリハビリ訓練が行われている。

 リハビリ訓練時間は、東京の病院では1日1時間であったが、このリハビリ専門病院では、理学療法、作業療法共に40分ずつある上に、入浴などの日常生活動作(ADL:Activities of daily living)のリハビリ訓練を受けることができた。私は受けなかったが、言語療法についても専門的なリハビリが行われている。

 現在、東京のリハビリ患者は、東京近県に大量に流出して専門的なリハビリ訓練を受けることを余儀なくされている。そのために、これら東京近県のリハビリ専門病院においても、入院患者の待ち行列ができ始めているのが最近の実情である。

●安定期―居宅におけるリハビリ
 通常の脳卒中者は、発症から6ヶ月たつと日常生活を送る上での障害が残っていても、原則としてリハビリ専門病院からも退院を余儀なくされる。
 そこから後は、自宅を拠点として通院、訪問、自主リハビリなどにより、地域医療や福祉による支援を受けながら自力で障害の克服に取り組む段階に入る。

 この段階は、地域医療・福祉の分野として、最近、非常に積極的な取り組みが始まっている。しかし障害者やその家族に対して、必要な情報が十分いきわたっているとはいえず、また施設や療法士、看護士を始めとする支援体制も、需要に対して大幅に整備が遅れているのが実情である。

 介護保険制度も2000年から実施されており、今後の地域活動により、その制度が充実されることが心から期待される。
 患者の側からこの段階を考えてみると、従来、それらはすべて患者とその家族に任されてきている。そのため、この分野において、介護保険制度により公共の支援の窓口が広がったことは、非常に有難いことである。

 今後、地域医療と福祉の体制は大きく変わると考えられており、そのことについて後の地域リハビリ介護のところで詳しく述べる。

★リハビリテーションとは何か?
 地域医療やリハビリの問題を取り上げるためには、「リハビリテーション」という言葉の意味をまず明確にしておく必要がある。
 この意味を不明確のままにこの問題を論じると、医療、福祉、介護、リハビリなど、従来行われてきた福祉・介護活動の境界領域が不明確になり、居宅を中心にした介護の活動として、一体、何をやるべきか? よく分からなくなってくる。

 そこでまず、「リハビリテーション」(以下、略してリハビリともいう)という言葉の意味を明らかにする。

 日常用語としての「リハビリ」という概念は、通常、脳卒中や交通事故で失われた体の機能を回復するための医学的な訓練などをさす言葉として理解されている。
 しかし本来の言葉は、実は人間の権利回復を意味する広い意味を持ち、最近は地域医療などの展開により再び人間性回復の広い意味の言葉として理解され始めている。

 「リハビリテーション」(Rehabilitation)という言語を分解してみると、Re-(再び)、habilis-(適した、あい相応しい)、-ation(にすること)という3つの部分から構成されている。
 それらを繋ぎ合わせてみると、それは人間が人間に相応しくない状態から、再び人間としての「権利、資格、名誉」を回復する意味の言葉であることが分かる。このことから、かつては、ヨーロッパにおける宗教裁判などで異端とされた人々が、キリスト教徒としての名誉を再び回復する場合の言葉として使われていた。

●WHO(世界保健機構)の定義  
 現代の最も権威あるリハビリの定義の一つを次ぎに挙げる。
 
  リハビリテーションには、能力低下あるいは社会的不利益の状態からくる悪
 影響の減少や障害者の社会的差別の解消の可能性を目指したあらゆる方策が含
 まれる。
  リハビリテーションの目的は、障害者を訓練してその環境に適応させるだけで
 なく、障害者の環境および社会全体に直接介入して、彼らの社会的差別の解消を
 容易にすることにある。
  障害者自身、その家族、そして彼らの住む地域社会が、リハビリテーションに
 関係する諸種のサービスの計画と実施に関わらねばならない。(荒木訳)

                      
 この定義では、リハビリの目的を、@障害者を訓練して環境に適応させること、A障害者の生活環境における物理的、社会的差別をなくすことにおき、その目的に向かって、能力低下、社会的不利益の結果として障害者がこうむる社会的差別の解消を可能にするあらゆる方策を「リハビリ」と呼ぶとしている。

 そしてこのリハビリの活動には、障害者とその家族と共に、地域社会がサービスの計画・実施に加わらねばならないとも規定している。

●私の考え方
 リハビリは、思想と技術としくみの3者が結びついた言葉である。従来、この言葉は、医療関係者、患者そして行政や市民団体などの3つの立場から論じられてきた。そのために複雑な理解のされ方になっており、上記の定義もこのうちの第三の立場に立つものであることが分かる。

 しかしリハビリの主体はあくまでも障害者本人である。医師も行政もその支援者であることを明確にしてみると、リハビリの定義はかなり変わってくる。
 私の定義を次にあげる。

 リハビリテーションとは、障害者が自分の機能障害、能力障害、社会的不利益などを克服するために行う活動と、其れを支援するための理念、技術及び仕組みを利用した社会的・組織的な活動を言う。

 このようにリハビリの定義を明確にすることは、病院を中心にした入院・通院リハビリの段階ではあまり重要ではない。しかし障害者が生涯を通じて行う居宅介護の一環としてのリハビリを考えるためには、どうしてもそれが必要になる。
 そのことについては、地域リハビリの項で述べる。



 
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