(14)脳卒中者の生活
脳卒中の症状は、人によって極めて多様である。しかしその反面で、妙に共通した面もある。リハビリの入院中に感じたことは、個別の状況を詳しく聞くと意外に自分にも役にたつのである。しかし医師や療法士の先生は、個人のプライバシーにかかわるため、他の患者の例を具体的に説明することはできない。
そこで、ここでは私の症状や生活を出来る限り詳しく述べて、利用できるところは利用していただき、良いご意見があれば聞かせていただきたいと考えた。
まず、最初に現在の私の症状を明らかにする必要がある。私は左脳の前頭葉の脳梗塞により、右半身の運動機能に障害がある。上肢と下肢を比較すると、上肢の方が比較的軽く、右手で箸を使ったり、字を書くこともかろうじてできる。
下肢の方は上肢より重症であり、右の足首から先、特に右足の小指、薬指、中指がほとんど麻痺しており、内反すると歩行が困難になる。
家の中では杖がなくても、比較的大きい足の装具をつけると杖なしで歩行ができる。屋外では、1本杖歩行が一応は出来るが、車の通る普通道路を歩くのはまだかなり困難である。
★朝
朝は7時から7時半に起床する。畳の上に布団を敷いて寝ているので、起き上がることがまず大変である。布団の横に歩行器と椅子を置いておいて、それにつかまって起き上がる。病院のベットなどに比べて、起き上がるまでが大変である。
ふとんの上に手をついて起き上がると、手首にかなりの力がかかるため、関節を痛める。また立ち上がるとき、足のひざをついて立ち上がる。そのため膝の神経を痛める。起き上がって、血圧と脈拍測定をする。
それから枕元においてある歩行器を使って足を伸ばしたり、曲げたりするトレーニングを10分ほど行う。この朝のトレーニングを省略すると、筋肉が固まって歩き出すと直ぐ苦しくなる。
食堂は別棟にあるため、雨の日も風の日も10数メートルほどアスファルト舗装の道路を歩いて行かなければならない。これが結構、朝の運動になる。体の調子が良い時には、スムースに歩けるが、調子が悪い時には歩くのも難しくなる。その為に体の条件の良し悪しがすぐ分かるようになった。食後に血圧降下剤を飲んで、再度、血圧測定を行う。
血圧は、いろいろとその日の活動を始めると、起床時に比べて5-10位、高くなっている。しかし最近、そこで2-3百メートル道路を歩いてみて、その後で測定すると、起床時よりも下がる場合がある。つまり朝の運動に、かなりの効果があることが分かってきた。
10時過ぎに、京王電鉄の経営する京王多摩川のフラワーパークAnge(アンジェ)へ行く。途中の道路は車が通るので、現在時点では車椅子で行き、園内に入ってからは車椅子を歩行器に利用して歩く。10月までは1本杖歩行をしていたが、冬に入ってストレスが強くなったので、車椅子の歩行器利用に変えた。その後は、微妙なストレスに気を使う必要がなくなったので、無限に続く平行棒の中を歩くように、楽に歩けるようになった。
Angeとは、フランス語で天使を意味する。文字通りそこで働く方々は、みな天使の名にふさわしく、やさしく親切で、よちよち歩いているといろいろ話かけられる。年中花いっぱいで、そこを歩くことは、私にとって新しい「天国散歩」になっている。私と同じように車椅子の人にも会って声をかけあう。これは孤独になりがちな者にとって、どれほどの励みになるか知れない。
ついでにいうと、Angeの中の、土や石ころの上を歩くのは、通常の常識に反してアスファルト舗装の道路上を歩くよりはるかに楽である。その理由は、麻痺した足で石ころ道を踏むと、地面の方も足の裏にあわせて変形してくれるからである。アスファルトの道路にはそれがない。アスファルト舗装の道路を踏みつけると、路面は変形を拒否して、頭の芯までズンと反応してくる。
そのため土の上を歩く時はあまり疲れないが、アスファルト道路の歩行はすぐに疲れる。これは健康なときには、全く感じられなかった微妙な感覚である。梅津先生によると「感覚統合」というそうである。石ころ道を歩くのは、本当に楽しい。同病の方にはぜひ試していただきたい。
★午後
午後は、食後にアスファルト舗装の道路を3百メートルほど歩く。幸い家から10数メートルほど歩くと、車が通らない道幅4メートルのアスファルト道路がある。この道までの間は、車が通る一般道路である。このわずか10数メートルが、最近までは怖くて歩けなかった。
Angeの土の上を、ここ半年の間、歩いてきたが、車が通らないアスファルト道路も、ようやく12月に入ってから、本格的に歩き始めた。病院の中で1本杖歩行を始めたのは、比較的早くて、昨年の11月のことであった。普通の道を歩けるようになるまでの、道のりの長さをつくづく感じる。
その後、パソコンと向かい、仕事をする。あまり根を詰めると血圧が上昇するので、適当に休憩をとって3時頃、午後の血圧測定を行う。この頃の血圧は、薬も利いて、運動もしているので、朝よりは低く安定している。
★夜
午後5時頃、入浴する。入浴は装具をつけてできないので、脳卒中の患者にとっては、大変な仕事である。幸い、山梨温泉病院で週に2回、看護士さんに付き添ってもらって受けた指導が非常に役に立っている。もし普通の病院からそのまま退院したら、自宅での入浴はかなり困難であったと思われる。
私の場合、リハビリ病院での指導のおかげで、自分で入浴し、体も自分で洗うことが出来るようになった。ただし梅津先生の指導をうけて、浴室の入り口の両側と浴槽に手すりをつけた。
夕食後、少し仕事をして、9時半頃、床につく。床に就く前、歩行器につかまって足の屈伸運動をする。
脳卒中者の多くは、寝てからがまた大変である。健常者の頃は、寝てしまえば、夜中にトイレへ起きるのは、1-2回にすぎない。しかし病気になってからは、何度も行くようになった。そのたびに起き上り、装具をつけてトイレに行く。尿器を使ってみることもあるが、どうもなじめない。今のところ処置なしの状態である。
|