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(5)アメリカとイラク戦争の行方(その2)
★破綻するアメリカ経済
●常識から外れた「大統領の政治経済学」

 アメリカのような大国の大統領が決定する経済政策が、信じられないほど常識から外れていることが時々ある。今回のイラク戦争に当たっても、私が最初に感じた疑問はそれであった。今、戦争をしたらアメリカ経済は、完全に破綻するおそれが強くなる。それなのに、何故、アメリカは戦争をするのか?
 嘗て、レーガン大統領の減税政策などもそれであった。財政危機の中で、税率の引下げをしたら、財政は破綻するではないか!でもレーガンは、それを実行した。

 ラッファーという大学教授が、レストランでレーガンに向かって、ナフキンに放物線の絵をかいた。横軸が税率、縦軸が税収である。税率が0%であれば税収は0、また税率が100%であれば、誰も働かないから税収は0である。その税率0%から100%までの間で、税収は放物線を描くはずである。従って理論的には、税率は或る範囲では税率を下げると税収が上がる。しかしある範囲では税率を下げると、税収も下がる。問題は、現在の税率がどの範囲にあるかの検証がなければ、どちらともいえない。

 しかしこの不思議なラッファー曲線によって、レーガンの減税政策が決まった
 その結果、減税により税収が下がり、アメリカの財政赤字が増えた。常識通りであった。このような子供だましのような信じられない話が、実際に起こっている。
 現在のブッシュ政権の経済政策も、常識的には理解出来ないことが多い。いま、アメリカ経済は深刻な不況に突入している。そのため最も緊急を要することは、国家財政や金融など、マクロな経済政策である。ところがブッシュ大統領は、軍需産業、石油産業、建設産業など、ミクロな政策は考慮しているが、大きな基本政策はサッパリ見えない。
 そのことを憂慮して、大統領に箴言したスタッフは、政権から遠ざけられた。このままでは数年の内にアメリカ経済は深刻な事態を迎えるであろう。

 今までドルが、大きな問題を抱えながらも暴落しなかった理由は、ドルに代わる国際通貨がなかったからに過ぎない。ところが2002年1月1日からヨーロッパの国際通貨として「ユーロ」が通用を始めた。間もなく、その人口の大きさと地域の広さから、中国の「元」もアジアの国際通貨として登場してくる可能性がある。つまり21世紀とともに、国際通貨は、ドル本位制から複本位制の時代に入ろうとしている

 経済の世界では、一足先にアメリカ中心の世界が終わり、多元的な段階に突入している。つまり投機筋による「ドル暴落」がいつ起こっても不思議のない段階に世界は既にある。
 この投機筋の動きは、アメリカの強力な軍事力をもってしても手も足も出ない。国防長官も特殊部隊も航空母艦もミサイルも、そこでは、もはや何の役にも立たないことをアメリカは間もなく知ることになるであろう。

●破綻するアメリカの国家財政
 まずアメリカの最近の国家財政の状況を見てみよう。今回のイラク戦争による戦費がなくても2003,2004年度共に、財政赤字は3千億ドルを越える。それに今回のイラク戦争の費用を加えると、その額は父親のブッシュ大統領が92年に出した過去最高の財政赤字額である2千9百億ドルを越えて,赤字の記録を大幅に更新するであろう。

 2003年度は、今回のイラク戦争の戦費が加わるので、その赤字額はおそらく3千8百億ドルを越える。それは父親のブッシュが出した過去の最高額を1千億ドル上回る史上最悪の赤字額である。
 更に米予算局の見通しでは、2004年度も3千380億ドルの財政赤字が予想されている。今の予定では、その後に若干赤字幅は少なくなるものの、04年度から10年間の財政赤字の累計は、1兆8200億ドルと予測されている。

 歴代の政権をみると、レーガン政権が8年間で出した財政赤字の総額が、1兆3400億ドル、父親のブッシュ政権が4年間で出した赤字額が、1兆400億ドル、今度のブッシュ政権は、最初の1年がクリントン政権の黒字財政のおかげで1千270億ドルの黒字であるが、1年ずらしてブッシュ政権だけでの4年間の財政赤字額を計算してみると、1兆2千億ドル位の巨額な赤字になる

 この財政赤字は、過去最高であった父親の4年間を抜き、レーガン政権の8年間に近い数字を4年間で出すことになる。この財政赤字は、国債の発行により補填されることになる。アメリカの政府債務残高の年間の国内総生産高(GDP)に対する比率は、前のブッシュ政権の頃に75%位まで上がっていたのを、クリントン政権の時に努力して、ようやくGDPの60%まで下げた。それが、今再び急激な増加を続け始めている。

 アメリカの国債は、その安全性から多くの国で購入されていた。最近のアメリカ経済のように、成長率がにぶり逆に国債残高が増加する状況が続くと、ある時点から国債が売れなくなる。そのため長期金利は上昇し、ドルの交換レートが下落する。そして国際投機資金は、ドルからユーロや金に逃げ始める。

 2004年、アメリカは次の大統領選挙の年を迎える。そこで再び、ブッシュが大統領として再選されると、おそらく次ぎの任期中にアメリカの国家財政は確実に破綻の危機に直面するであろう。

●悪化する経済諸指標
 悪化しているのは財政だけではない。他の経済指標がすべて、過去の最悪の数値を更新している。2002年は、消費財の輸入が過去最高を記録した反面で、輸出は日本、欧州の景気回復が遅れたため、貿易赤字は、前年比21.5%増の4352億ドルとなり、史上初めて4000億ドルの大台を越え、2年ぶりに過去の最大値を更新することとなった。

 GDP(国内総生産)の4%を越える貿易赤字の数値は、IIE(国際経済研究所)のバーグステン所長がいうように、もはや「持続可能なレベル」を超えており、ここでもドル資産離れの火種が燻ぶり始めている。

 また02年度は、外国からアメリカへの資本流入が16.3%減少して、そのため経常収支の赤字が前年比28.0%増の5034億2700万ドルと,初めて5千億ドルの大台を超えた。GDPに対する経常赤字の比率は4.8%となり、「ドルの信認が持続困難な水準」といわれる5.0%にいま一歩の水準まで迫っている。

 02年の資本収支を見ると、アメリカ国債への投資が大幅に増加する反面で、国債を除く証券(主に株式)への投資が減少した。株価の底入れもない状況で、国債を受け皿にドル資産離れを食い止めるという危険な状況である。その国債も、巨大な財政赤字が続き、GDPに対する債務残高も急増しており、ドル暴落の危険性は非常に増在している。今回のイラク戦争は、軍事的には成功したように見えるものの、ドル没落の危険性は明らかに促進したといえる。

★作り出される「文明の衝突」
 アメリカは、アフガン戦争で数千人の市民を殺した。しかしオサマ・ビンラディンの逮捕もできず、同時多発テロの首謀者であった証拠も明らかに出来なかった。オサマ・ビンラディンを逮捕して、アメリカの裁判にかけた時、いまの状況証拠だけでは無罪になる可能性が高いので逮捕しなかったと言われるほどである。この戦争は、原因も結果もいい加減なまま、アフガンの国土を破壊し、罪のない人々を殺戮しただけで終了した。

 次に、アルカイーダやオサマ・ビンラディンなどのテロの大本が、大量破壊兵器を保有するイラクにあるとして、国連による大量破壊兵器の査察の最中に、その結果を無視して、アメリカ・イギリスが単独でイラク戦争を開始した。
 まだイラク戦争の被害の実態は分からないが、少なくともアメリカでの同時多発テロによる死者や被害を大きく超える被害を出して、米英軍はイラクに軍事的に勝利した。
 
 バクダッドの本屋でオサマ・ビンラディンの伝記は売られているそうであるが、その内容は、「オサマは1980年代のアフガニスタンでCIAのために戦って以来、アメリカの協力者だ。彼はいかにしてアメリカに魂を売る背教者になったか」といった内容だそうである。(田中宇「イラク」、光文社新書、158頁)。

 イラクは、ビンラディンの根拠地でも故郷でもなかった。 更に、イラクの大量破壊兵器は、国連査察で発見されなかっただけでなく、イラク戦争の中でも使用されず、戦争が終わってもその存在が確認されていない。
 イラクが、ビンラディンの更なる根拠地であることも、上記の如く全く怪しいいいがかりである。寧ろ、中東で最も大量破壊兵器を保有しているのは、イラクではなくイスラエルであることは誰でも知っている。つまりアフガン戦争もイラク戦争も、「対テロ」戦争としても、正当性のない戦争であることが誰の目にも明らかになってきた

 1990年代に、アメリカの国家安全保障会議のコーディネーターをつとめたハンチントンの「文明の衝突」という論文と著書が発表されて世界的な反響を巻き起こした。この著書は、世界の文明を8つに分け、東西冷戦の終結後の世界では、その文明間の利害や衝突が国際関係の表面に登場するであろうというものであった。

 文明の異なる国家やグループで紛争が起こる場合、同じ文明に属する他の国家なども力を合わせるため、その対立が抜き差しならないものになる、というものであった。
 ハンチントンの思想は、発表当初は、事態をあまりに単純化していると批判された。事実、中東は同じイスラム教を信仰する国々といっても、それが一つにまとまって行動することは極めて難しい。同じイスラムでも、スンニ派とシーア派では違うし、同じ派であっても、地域や民族が違うとまた同じではない。

 つまり「中東」は、同じイスラム圏といっても、それぞれ複雑な事情があって、なかなか一つに纏まれない性質をもっていた。そのため、そこに異質の国家としてイスラエルが建国しても、事情が複雑なために中東和平がいまだに実現できず、むしろ泥沼化の様相すら見せ始めていた。そこへ今回のアメリカによる「対テロ戦争」の開始である。
 すでにアメリカの、中東におけるイラクの次の標的として、シリアが取り沙汰され始めた。アメリカがいう「テロ支援国家」になる資格は、シリア以外の中東のほとんどの国が備えている。

 つまり今度のイラク戦争により、中東のみならずほとんどのイスラム系の国々が「反米」になったといえる。その意味では、エジプトのムバラク大統領が言ったように、アメリカの今度の戦争によって中東には百人のビンラディンが生み出された。その意味では、「文明の衝突」は、アメリカによって作り出された、といえよう。




 
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