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(5)アメリカとイラク戦争の行方(その1)
★ブッシュ政権の危険性―揺れ動く大統領に対する評価
 現在のブッシュ政権は、いろいろな意味で、アメリカと世界の未来に対して極めて危険な政権である。その理由はアメリカ国民の大統領に対する評価が、その任期中に嘗てなく大きく変動していることにある。

 それは、2000年の大統領選挙に始まる。選挙は既に終了したのに、民主党の大統領候補ゴアとどちらが次期大統領か決まらず、ついには連邦最高裁の判断を仰ぐ前代未聞の事件になった。一般投票の全国最終得票総数は、ブッシュ候補4982万518票、ゴア候補5015万8094票であり、一般投票では、明らかにゴア候補の方が上回っていた

 しかし大統領選挙人票では、01年1月6日の連邦上下両院合同会議において、ブッシュ支持271人、ゴア支持266人,棄権1人というわずか5人の差でブッシュが大統領に当選したわけである。その意味では、ブッシュ政権は本当にアメリカ国民が自分たちの大統領として選んだといえるかどうか、発足時から疑問の残る政権であった

 政権発足時は、最優先課題として選挙公約としていた大型減税、教育改革の推進などの政策を推進して比較的無難な滑り出しを見せた。しかしその後、政権が保守色を強めるにつれ支持率は半年後には、50%に落ちた
 ところが9月の同時多発テロが起こると、ブッシュ政権は対テロ戦争の遂行を政権の最優先課題に置き、10月からアフガン戦争を開始した。この対テロ戦争によりブッシュ政権の支持率は一気に歴代最高の90%に跳ね上がった。

 ブッシュ政権の支持率が急騰した翌月、エネルギー企業の大手であるエンロン社が、巨額の負債を抱えて倒産した。このエンロンの経営破たんを契機に、94年から2001年にかけてエンロンが、ブッシュ大統領に73万6800ドルを献金していたことから、ブッシュ政権の新エネルギー政策との関連や更にはインサイダー取引の疑惑まで、一斉に浮上してきた。いわゆる「エンロン疑惑」である。これによって、ブッシュ政権の支持率は,再び60%台に急落した。しかもアメリカの景気は、ブッシュ政権下で非常に落ち込んできており、その回復への目途が立っていない。

 そこで今回のイラク戦争である。2004年は次期の大統領選挙の年になる。嘗て父親のブッシュ大統領は湾岸戦争の直後は「無敵の大統領」といわれたのに、その後の経済運営のまずさから、1期で大統領の座をクリントンに明け渡すことになった。今、イラク戦争が終わって、再びアメリカは戦後経済の落ち込みにおびえ始めた、そのためブッシュ政権は、早速、次の「敵国」を探し始めている。
 
★テロと戦争
●「テロ」は、アメリカに対する「戦争」か?

 アメリカのブッシュ大統領は、9.11の「テロ」行為を「戦争」と規定した。そして、その報復として、アフガニスタンを攻撃し、更にイラクを攻撃した。
 この考え方は、1986年に遡る。1961年以降のテロ事件を整理した国務省の資料は、西ベルリン・ディスコ爆破事件(1986.4.5)に対してアメリカがリビアに対して行った空爆は報復であった、と明言している。(http://www.state.gov/r/pa/ho/pubs/fs/5902.htm

 既に1986年の時から、アメリカはテロ行為を戦争の枠組みで捕らえ、これに軍事的報復で望む方針を打ち出していた。
 現在、国際法上で「戦争」は、唯一、「自衛」の為にのみ、国家に許容されている行為である。この「自衛」を、アメリカは、テロに対する軍事報復にまで拡張した。しかも9.11のテロ事件を起こした容疑者としてオサマ・ビンラディンを特定し、かれとその組織、アルカイーダの幹部の引渡しを拒否したという理由で、2001年10月1日からアフガニスタンのタリバン政権に対して軍事攻撃=戦争を開始した。
 この場合、アメリカが攻撃したアフガニスタンは、テロを実行して、アメリカを脅かしたわけではない。しかも9.11の同時多発テロを実行したグループの指導者が、アルカイーダの幹部であるというだけであり、9.11と、オサマ・ビンラディン及びタリバンの関係は、いまなお確証はない。

 10月7日の空爆開始から2ヶ月たって、ビンラディンの発見も逮捕もできないまま、アフガニスタンの戦闘は山場を越えた。その頃からアメリカでは、「反テロ戦争」の戦域を拡大し、他のテロ組織やテロ支援国を攻撃して、一挙に問題を解決しようとする見解が出始めた。この見解にはイギリスまでが、不参加を表明したほどであった。

 そうした中、2002年1月29日の一般教書演説で、ブッシュは、イラン、イラク、北朝鮮の三国を「悪の枢軸」と名指しで「反テロ戦争」の標的とする姿勢を明確にした。
 ここでは9.11に対する報復戦争という性格も消えて、アメリカに対するテロの可能性に対する予防戦争に変質していた。
 それが2003年3月にアメリカ・イラク戦争となって実現した。そして4月にその戦争が終結の見通しが出始めると、次の戦争の相手として、今度はシリアが取り沙汰され始めた。

 もはや戦争の理由として、「自衛」も「報復」も消えて、アメリカが「テロ国家」と認定すれば、世界中のすべての国が攻撃可能になった。更に、イラク戦争で「テロ国家」を証明する「大量破壊兵器」が存在しないことが明らかになったら、とうとう「民主化」を戦争の理由に挙げ始めた。国際法上の戦争は、「自衛」以外の戦争を禁じているのに、アメリカは、「テロ」より更に定義しにくい「民主化」のための戦争まで合法化しようとしている。

●「テロ」とは、一体何か?
 「戦争」は悪いが、「テロ」も悪い、という論法はもっともに聞こえる。しかしそこには、実に危険な陥穽がある。それは、本来、同列で対比できない「戦争」と「テロ」を、あえて同列で対比して尤もらしくしているからである。そのことを説明する。

 2001年9月から始まった日本の第153国会で「同時多発テロ」によるアメリカの軍事行動を受けて「後方支援活動」を可能にするための「テロ対策関連法」が成立した。この法律には、「国際的なテロリズム」とか「テロリスト」という言葉が使われながら、「テロ」も「テロリズム」も「テロリスト」も定義されていない。

 定義がないと、日本の場合、内閣総理大臣が「テロ」と認定すれば、上記の法律が適用されることになる。それどころか、ブッシュ政権は、「テロ」を「戦争」とみなし、「テロ支援国家」を攻撃すると宣言しているわけである。これにより、アメリカの大統領が「テロ」と認定すると、日本も自動的に戦争に巻き込まれる可能性が出てきたのである。

 「テロ行為」とは、分かっているようで、その実、あまり明確ではない。そのことは、黒木英充「世界は変貌する−テロリズムとイスラム世界」(板垣雄三編「「対テロ戦争」とイスラム世界」岩波新書,所収)に分かりやすくまとめられている。

 それによると普遍的な「テロリズム」の定義は存在しない。そのことをアメリカも認めている。その上で、アメリカの国務省は、「テロリズム」を「非国家集団もしくは秘密のエージェントにより、非戦闘員を標的として、入念に計画された、政治的動機を持った暴力を意味し、通常其れを見るものたちに影響を及ぼすことを意図するもの」と定義している。 

 この定義は、「国家によるテロ」を除外しており、明らかにおかしい。イスラエルによるパレスチナ難民の虐殺やイラクによるクルド人の虐殺は、国家による「テロ」以外のなにものでもない。その上、「国家テロリズム」を認めない代わりに、「テロ支援国家」という概念をもってくる。「国家テロ」と「テロ支援」は、全く別の概念である

 黒木氏の論稿からアメリカ国務省の「テロ」の記録の取り上げ方をみよう。
 アメリカ国務省1982年の「重大テロ事件」として挙げているのは、9月14日のレバノンの次期大統領候補ジュマイエルの爆殺事件1件である。

 ところがこの年、イスラエルが行った「国家テロ」として、6月6日からの1週間に、イスラエル軍がレバノン人、パレスチナ人1万人を虐殺した事件が起こっている。またジュマイエルが暗殺された翌日、イスラエル軍は西ベイルートに侵入し、難民キャンプを襲い、丸腰の民間人2000人を虐殺した事件もあり、これらは全て無視されている。

 83年の重大テロ事件として国務省が取り上げている事件は、エルサルバドルやギリシャにおける米海軍軍人の暗殺など6件である。このうち、ベイルートで起こった事件が2件ある。1つは、4月18日に、爆弾を満載したトラックがベイルートのアメリカ大使館に突入して63人が死亡した事件であり、いま一つは、10月23日にアメリカ海兵隊とフランス軍の駐留施設に爆弾トラックが突入し、米軍では242人、仏軍では58人の死者を出した事件である。

 さて10月23日の事件は、戦闘に参加している軍隊に対して地元の「非武装組織」が加えた攻撃であり、これは「戦闘行為」ではないかと思われるが、これも「事件発生時点で非武装状態」あるいは、「非番状態の軍人も(非戦闘員に)含める」という規定が生きてくる。
 つまり本来、「戦闘行為」なのに、ここでは「テロ行為」に入れられている。
 これらのことから、レバノン内戦を取材してきたイギリスのジャーナリストのロバート・フィスクは、著書「この国を哀れめ−戦火のレバノン」(1992)の中で、「テロリズム」とは、「定義される概念ではなく、政治的な考案品」であり、「テロリスト」とは、たとえばアメリカが使う場合には、「米国やその同盟国に敵対する者だけのことだ」と述べている。

 問題点を以下、具体的に述べる。アメリカとその同盟国の軍が、非戦闘員を虐殺しても、これは合法的な戦争である。しかしアメリカとその同盟国に敵対する「非国家組織」が、その非戦闘員また非番の戦闘員を虐殺すれば、アメリカと同盟国への「テロ」と見做す。そして、そのアメリカに敵対する「非国家組織」に関わる国家を「テロ支援国家」として攻撃することは、「自営のための戦争」である。しかも更に進んで、今回のイラクのように、直接発生したテロと関係はなくても、将来、アメリカと同盟国へのテロの恐れがあれば、「先制攻撃」、自衛の一部である。この全く新しい見解を、アメリカは今回のイラク戦争を通じて世界に示した。更に、「民主化」のための戦争まで、正当化されそうである。

 もはや日本の諺に言う「無理が通れば、道理引っ込む」という危険な段階に国際政治は突入したと言わざるを得ない。




 
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