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  (3)診断と治療―その考え方

●漢方の病位
 
前章から、「黄帝内経素問」における陰陽五行に基づく人体と病気のメカニズムの概容を述べた。同書は、鍼灸術の古典であり、それに続いて3世紀初頭に成立した張仲景の「傷寒論」は、薬物療法の古典になる。そのため後者は、実用書の性格が強く、陰陽五行の理論には殆どふれていない。「黄帝内経素問」では、上掲の記述のあと、さらに病気の詳細な説明に入るが、ここでは東洋医学における病気の診断と治療方法の一般的な特徴を述べることにより結びにする。

 「黄帝内経素問」では、その本文からも分かるように、人体と病気に対する陰陽五行説の適用は、一つには易経などに基づく陰陽のドグマチックな理論を根拠にしてはいる。しかしそれ以上に現実の病気の原因や症状を経験的に陰陽説から説明しようとした試みが見られる。そのことから、必ずしも陰陽説による土俗の迷信で片付けられない人体の自然に即した現実的な見解も少なくない。
 つまり必ずしも陰陽のドグマにとらわれず、臨床との調整を図ったあとが見られるが、それでもなおかつかなり無理な見解も少なくなく、それがその後の理論と食い違いを生じている。そこで、前章で述べてきた陰陽説をいま一度、現代の東洋医学の観点から整理してみよう。

 漢方における病位は、人体を表、裏、半表半裏の3部分に分ける。人体の表は体表部、裏とは体表部以外の深部臓器一般を指す。これとは別に内外という概念があり、内とは裏の一部である消化器を指し、外とは内以外の体部を総称するとされる。半外半裏、半表半裏とは、表より内で内より外の部位を指す。(大塚恭男「東洋医学」岩波新書、79頁)この部位わけに陰陽がからむと、その境界領域はかなり複雑に変動し曖昧になり、矛盾もでてくる。

 所謂、「三陰三陽」も同様である。「三陰三陽」は、BC200年に成立した「黄帝内経素問」に述べられており、さらに、後漢の張仲景があらわしたといわれる「傷寒論」(AD219年頃成立)にも掲載されている。そのことから、かなり広く受け入れられた概念と思われるが、両者の食い違いも見られる。
 そこでは、太陽、少陽、陽明が三陽病といわれ、太陰、少陰、厥陰が三陰病といわれる。
 太陽病は、病気の初期で表の熱証であり、脈浮、頭痛、悪寒などで特徴づけられる。
 少陽病は、半表半裏の熱証で、口苦、咽乾、めまいなどを訴え、腹診上では胸脇苦満、心下痞硬が認められる。
 陽明病は、太陽からいきなり陽明に進む場合もある。裏の熱証であり、裏は胃腸を指すことから胃腸の病気であり、便秘、腹満の症状が見られる。
 三陽は、病気の進行状況とも絡むものであり、病が重くなるにつれて、太陽から陽明に向って進む。

 三陽病に比べると、三陰病はいずれも裏寒証である。ここでも太陰、少陰、厥陰と段々重症になっていく。
 太陰病は、裏の寒証であり、「傷寒論」には「太陰の病たる、腹満して吐し、食下らず、自利ますます甚しく、時に腹自ら痛む、若しこれを下せば、必ず胸下結鞭す」と書かれている。しかし「傷寒論」には、下剤は禁忌であるとする。
 少陰病は、表または裏の寒証であり、表寒証には身体痛、頭痛、悪寒、足冷えがあり、裏の寒証には腹痛、心煩、下痢、便秘、小便自利などがある。「傷寒論」には「少陰の病たる脈微細、但し寝んと欲するなり」と書かれている。虚弱者や老人の風邪などは、始めからこのような経過をたどる者が多い。
 厥陰病は、「厥陰の病たる、消渇、気上がって心をつき、心中疼熱、飢えて食を欲せず、食すれば即ち蚘(かい)を吐し、これを下せば利止まらず」とある。

 日本の江戸時代に古方派と呼ばれる医師たちが、この陰陽説に真っ向から取組んだ。しかし、吉益東洞という医師は陰陽説を否定し、「傷寒論」を大きく組み替えて「類聚方」を編纂するにいたったといわれる。(大塚恭男「東洋医学入門」日本評論社、94頁)

●東洋医学における診断と治療
 漢方では、患者を治療する場合、まず頭痛、発熱といった症状を確定し、それを「証」という。西洋医学では、ある病気に対して同時に出現する一連の症状を「症候群」というが、東洋医学もそれに似ている。
 「証」と対をなすのが「方」であり、治療に当たり為すべき方法と指示である。
 西洋医学では、病状診断、治療指示という2段階で行なわれるものが、東洋医学では1段階で行なわれ、治療まで結びつくのが特徴といえる

 たとえば同じ風邪でも、悪寒があり頭痛がして首筋がこわばり、脈が浮いて力があり、鼻がつまり、のどがいたみ、自然に汗をかかない場合、葛根湯証(かっこんとう)と診断される。ところが体温が高くても熱感が少なく、悪寒が激しくて氷枕をいやがり、脈が沈細である場合、麻黄附子細辛湯(まおうぷしさいしんとう)証と診断される。(大塚恭男「前掲書」77頁)
 つまり西洋医学の診断のように、たとえば「胃潰瘍」という診断が為されて治療されるのではなく、大紫胡湯証、小紫胡湯証、紫胡桂枝湯証、人参湯証、桂枝人参湯証、六君子湯証などというように、患者の治療方法により複数の診断がなされる。

 診断方法としては、基本的に、望(ぼう)、聞(ぶん)、問(もん)、切(せつ)の4種で行なう方法が、「難経」という古典にはじめて掲載され、現在まで続いている。
 望診とは、医師の視覚による診断方法である。顔色、体格、栄養、毛髪、発疹の有無、しみ、あかぎれ、浮腫、皮膚の湿潤から歩行障害、関節の動き、運動障害など、静・動の観察を行なう。
 聞診は、医師の聴覚、臭覚による診断方法である。せき、喘鳴(ぜいぜい言う音)、うわごと、しゃっくり、げっぷ、胃内停水、腹中雷鳴など、聴覚を通じて知り、さらに、口臭、体臭のほか、膿、おりもの、排泄物の臭気などを通じて知る。
 問診は、西洋医学と同様に患者の現病歴、既往歴、家族暦、現在の病状であるが、漢方で独特なものもいくつかある。たとえば悪寒(暖かくしていても寒気がする)、悪風(風に当たると不快になる)、熱感、便通、小便の不利(少ないこと)、自利(多いこと)、小便難(出にくいこと)、口渇、咳、出血、頭痛、めまいなどの状況を聞く。
 切診は、医師が患者の体に手を触れて行なう診断法であり、特に重要なのは脈診 と腹診である。
 脈診は、西洋医学と同じであるが、指、中指、薬指の3指で行い、橈骨(頭骨)動脈の脈搏を3指頭により蝕知する。古くはこの各部位の脈状が細かく分析されていたが、最近は大きく後退している。現在でも、急性疾患については、脈診は大きな意味を持つといわれる。
 腹診は、特に日本において発達した診断法であり、日本漢方の特徴といわれる。慢性疾患については脈診以上に重要であるが、詳細は省略する。

 漢方の治療については、「傷寒論」、「金匱要略」(「傷寒論」の姉妹編:張仲景)のような古典にいろいろな薬餌療法が記述されて以来、漢方薬に関する膨大な情報が蓄積されてきている。現在の漢方医療は、これらの蓄積をもとに行なわれてきており、初等的な漢方の教科書も、半部以上のスペースを漢方薬の薬餌療法の解説に当てている。しかし本稿は、東洋医学の考え方の解説をねらいにしているので、薬餌療法の解説は省略する。




 
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