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どこへ行く、世界
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1. アメリカ経済の行方―ドル本位制の終焉
2. ヨーロッパ経済の行方
3. 中国の政治・経済の行方(1) −毛沢東とその時代
4. 中国の政治・経済の行方(2) −ケ小平とその時代
5. ロシアの政治・経済の行方(1)
6. アメリカ・イラク戦争 −中東と世界の行方
7. アジア経済の行方

8. 21世紀の世界はどこへ行く?
(1)19世紀から21世紀までの世界史を駆ける!
(2)資本主義の次に来る社会は何か?
(3)唯物史観の想定からはずれたロシア社会主義
(4)中央ヨーロッパに見る「東欧革命」とは何であったのか?(その1)
(4)中央ヨーロッパに見る「東欧革命」とは何であったのか?(その2)
(5)むすび −資本主義と社会主義の先にあるものは?

9. アメリカはどこへ行く?(その1)
10. アメリカはどこへ行く?(その2)
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  8. 21世紀の世界はどこへ行く?
(1)19世紀から21世紀までの世界史を駆ける!

●「唯物史観」は、19世紀の「革命の世紀」に適合した! 
 19世紀の中頃、カール・マルクスが「唯物史観」という歴史の運動法則を発見した。この考え方に従えば、人類の歴史は生産手段を所有する支配階級とかれらに支配される被支配階級の間の階級闘争によって発展してきたとされる。

 1789年のフランス大革命に始まるヨーロッパの「市民革命」は、19世紀を通じて多くの国において市民を封建的な拘束から開放し、自由な資本主義的市民社会を作り出した。しかしこの新しい資本主義社会は、生産手段を所有する資本家と労働力を売って生活する労働者という2大階級を生み出した。
 そしてこの資本主義社会の生産関係が、新しい支配、被支配の対立を作り出し、労働者=プロレタリア階級が生産手段を奪取する「社会主義革命」への道を開いたとされる。

 カール・マルクスが予言した「市民革命」の次に来る「社会主義革命」への道は、ヨーロッパにおいて1848年のフランスの2月革命から始まり、1871年のパリ・コンミューンにおいて、世界最初のプロレタリア革命を思わせる事件となった。
 その意味から、ヨーロッパの19世紀は「革命の世紀」であり、唯物史観はその世紀の方向を示す指針となった

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、最初に新しい社会主義へ踏み切る国は、資本主義が最も進んだイギリスかフランスと思われていた。しかし大方の予想に反して、世界最初の社会主義は資本主義としては後発の大国ロシアから始まった
 
 そして20世紀中葉には、これも資本主義としては後進国であった中国が社会主義国に加わった。このように資本主義の後進国から社会主義が始まったことは、資本主義から社会主義への移行の世界史的な姿を本質から変えてしまった。

 フランシス・フクシマという人は、1992年に「歴史の終わり」という著書の冒頭に、「20世紀は、われわれのすべてを歴史への深い悲観主義者に変えてしまった」と書いている。確かに100年前の人類は、資本主義の次にくる社会主義の未来世界に対して、夢にあふれた楽観主義者であった

 残念ながら、20世紀のソ連社会主義に出現したスターリン体制は、個人崇拝、全体主義、秘密警察、収容所、軍事独裁、一党独裁などにより、人類の未来像として考えられていた社会主義への夢をすべて破壊してしまった
 そしてソ連政権の最後に、最も優れた改革者として登場したゴルバチョフの努力もむなしく、1991年12月末をもってロシアの社会主義は崩壊した。

●19世紀の「唯物史観」は、「20世紀の社会主義」を想定できなかった!
 マルクスの唯物史観は、社会主義から共産主義へ移行することを教えていたものの、このような形で20世紀末に社会主義が崩壊することは想定していなかった。
 70年間、ボルシェビキの社会主義の下で生活してきたロシアの人々が資本主義に戻ることは至難の業である。その時から大国ロシアの、苦難の道が始まった。

 しかしロシアにおける社会主義の失敗は、アメリカにおける資本主義の成功を意味するものではない。そこにMr.フクシマがいう「歴史への深い悲観論者の悲しみ」がある。アメリカにとっての21世紀は、まさにニューヨークの9.11事件で開幕し、2004年春の現在時点でのアメリカは、政治・経済ともに、ベトナム戦争当時より悪い状況になった。

 現在、アメリカ経済は、既にほとんど破綻状態にあるし、アメリカ中心の「自由主義世界」は世界的規模での「花見酒経済」の渦中にある。更に、ブッシュ政権の言論統制は、アメリカの歴史的な民主・自由の伝統をほとんど破壊してしまった。

 ロシア社会主義帝国は20世紀の終わりに崩壊したが、残るアメリカ資本主義帝国も21世紀の始めに崩壊するか、それともモンロー主義に篭るか、ぎりぎりの選択に追い込まれている。

 サムエル・ハンチントンという人が、1996年に「文明の衝突」という著書を出した。その中で、ロシア帝国崩壊後の新しい時代における世界の対立は、西欧文明とその他の異文明が対立する時代になることを立証して世界中に衝撃を与えた
 それはアフガニスタンのビンラディンやイラクのフセインなど、ロシア崩壊後に世界中で起こり始めた紛争を見事に予告するものになったからである。
 
 これらの新しい状況に対して、マルクスの唯物史観はもはや耐えられなくなったのか? それは一体どこからそのようになったのか?歴史に「もし、・・であったなら!」という仮定は通常は許されないが、そのタブーを犯してあえて考えてみると少し違う筋道が見え始めてくる。
 
 たとえば20世紀の初頭に、フランスのパリ・コンミューンが再び起こっていたら、そこにも全体主義や個人崇拝が発生していたであろうか?
 スターリン主義は、果たして歴史的な普遍性を持つものなのであろうか?

 ロシアのスターリン主義や中国の文化大革命は、極めてロシアや中国の風土とからんで成立したものである。それが、一体、どこまで世界史的普遍性をもつのか?
 社会主義による生産手段の国家的所有は「社会主義官僚」(ノーメンクラツーラ)という新しい特権的支配階級を生み出した。ソ連の崩壊は社会主義の官僚的支配階級に支えられた全体主義国家の崩壊といえる。このことは、西欧の資本主義国でも十分に起こりうる歴史的必然性を持つと思われる。

 ハナ・アーレントが「全体主義の起源」(1951)という著書の中で言うように、「全体主義政権がその隠れもない犯罪性にもかかわらず大衆の支持によってなりたっていた」ことは、ロシアのスターリン主義、ドイツのナチズムといった民族性が社会主義的官僚制に支持されたことによって生まれたことを物語っている。
 だから、フランスで社会主義革命が起こっていたら、一体どのような道筋をたどったであろうか?という想像は、人類の未来を考える場合のヒントを与える。

 政治的に民主主義・自由主義を前提としている資本主義国家が社会主義への道を辿る場合、一般的には全体主義や個人崇拝はかなり発生し難いであろう。
 唯物史観の立場からすれば、本来、政治的全体主義の下に、経済的民主主義を実現することは不可能である。ソ連の経済体制は、その意味からすると、出発点から経済的全体主義というべきものであった。

 そのため「社会主義的計画経済」は、一部の支配階級の利益に捧げられることになり、そこに新しい社会主義社会の階級対立を生み出すという予想しなかった事態になった。そして、社会主義における階級対立が、ソビエト社会主義連邦を崩壊へ導いたといえる。

 ソ連の社会主義の矛盾は、国内的な階級対立だけではなく、国際的にもソ連を中心とした社会主義諸国との関係において、19世紀のマルクスが想定しなかった支配、被支配の関係を作り出した。

 そのため20世紀のヨーロッパ革命は、19世紀以来の世界革命の展望を失い、国際的なスターリン主義の運動に矮小化され、後進の社会主義諸国はソ連の植民地に位置づけられるという殆ど信じがたい方向をとり始めたといえる。
 その方向の修正は、ゴルバチョフの時にとられようとしたが、とき既に遅く社会主義諸国の連帯はズタズタに断ち切られていた。 本来、社会主義国が植民地を持つということは、「唯物史観」とは無縁の思想なのである。その過程を振り返ってみよう。




 
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