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  (2)「近思禄」における宇宙と人間

●「近思録」とは?
 朱子の「近思録」は、朱子が北宋の儒学者である周濂渓、張横渠、程明道、程伊川の著書から抜粋して編纂した、宋学の入門書である。題名の「近思」とは、「論語」の第19子張篇6の子夏の、「博く学び篤く志り、切に問いて近く思う、仁はその中にあり」(広く学んで確り記憶し、鋭く質問して身近な問題について考える。この中から仁徳が生まれる) という言葉から取られたものである。
 つまり学問を身近な実践から勧めていこうという趣旨である。この書は新儒学(=宋学)の入門書ではあるが、その理論的内容はかなり高度であり、かつ難解である。
 その内容の重要な箇所のいくつかを、次に拾い読みしてみよう。

●新儒学における宇宙の原理と人間
 
宇宙は無極にして太極―近思録・道体類
 近思録は、全14篇から構成されている。その第1篇は宋学における宇宙と人間の根本原理を説くものである。その冒頭に周濂渓の「太極図説」があげられており、次の文章で始まる。
<原文>
濂渓先生曰、無極而太極。太極動而生陽、動極而靜。靜而生陰、靜極復動。一動一靜、互爲其根、分陰分陽、兩儀立焉。陽變陰合、而生水火木金土、五氣順布、四時行焉。五行一陰陽也。陰陽一太極也。太極本無極也


<読みくだし文>
濂渓先生曰く、無極にして太極なり。太極動きて陽を生ず、動くこと極まりて靜なり。靜にして陰を生ず、靜なること極まりて復た動く。一動一靜、互に其根となり、陰に分れ陽に分れて、兩儀立つ。陽變じ陰合して、水火木金土を生ず、五氣順布し、四時行わる。五行は一陰陽なり。陰陽は一太極なり。太極の本は無極なり。

<解釈文>
周濂渓先生の説では、この宇宙は無極にして太極である。太極が動いて陽が生れる。動くことが極まると靜となる、靜が極まるとまた動となる。一動一靜、互いに本となって、陰陽に別れ、兩儀が成立する。陽が変り陰陽が合体して、水火木金土の五行が生じる。五氣が順に広がり、四時(朝夕昼夜、また春夏秋冬)が巡行する、五行は一陰陽であり、陰陽は一太極である。太極の本は無極である。

 ここでは易経の思想がベースとなり、それに五行が結びついて形成された陰陽五行説による宇宙の原理が、周濂渓の「太極図説」により要領よく纏められている。太極とは、宇宙の根本原理であり、宇宙万有の本体である。太極は形体はなく、無声無臭で万化の根本となることから無極という。(岩波文庫版「近思録」訳注、19頁)

 陰陽五行説は、どちらかといえばそれまでは儒教より道教の分野に取り入れられ、発展してきた自然哲学であるが、それが儒教の人間学に取り入れられ、統一されたといえる。その部分が次にくる。

<原文>
五行之生也、各一其性。無極之眞、二五之精、妙合而凝。乾道成男、坤道成女、二氣交感、化生萬物。萬物生生、而變化無窮焉。惟人也、得其秀而最靈。形旣生矣、神發知矣。五性感動而善惡分、萬事出矣。聖人定之以中正仁義、聖人之道仁義中正而已矣。而主靜。無欲故靜。立人極焉。故聖人與天地合其德、日月合其明、四時合其序、鬼神合其吉凶。君子脩之吉、小人悖之凶。故曰、立天之道、曰陰與陽、立地之道、曰柔與剛、立人之道、曰仁與義。又曰、原始反終、故知死生之說。大哉易也、斯其至矣太極圖說

<読み下し文>
五行の生ずるや、各其の性を一にす。無極の眞、二五の精、妙合して凝る。乾道は男を成し、坤道は女を成す、二氣交感して、萬物を化生す。萬物は生生して、變化窮まり無し。惟人のみ、其の秀を得て最も靈なり。形既に生じ、神發して知る。五性感動して善惡分れ、萬事出づ。聖人は之を定むるに中正仁義を以てし、聖人之道は仁義中正のみ。靜を主とす。無欲なるが故に靜。人極を立つ。
故に聖人は天地と其の德を合し、日月と其の明を合し、四時と其の序を合し、鬼神と其の吉凶を合す。君子は之を脩めて吉、小人は之に悖 (もと)りて凶なり。故に曰く、天の道を立つるに、陰と陽とを曰い、地の道を立つるに、柔と剛とを曰い、人の道を立つるに、仁と義とを曰う。又曰く、始(はじめ)を原 (たづ)ね終りに反(かえ)る。故に死生の說を知る、と。大なるかな易、斯れ其れ至れり、と。(太極圖說)。

<解釈文>

五行は一陰陽から生じるものであり、その性は一つである。無極の眞を理、二五(二は陰陽、五は五行)の精を気と解し、理気が渾然一体の状態にあるとする。「妙合して凝る」とは、陰陽2気が結合して男女の形になることを意味する。乾は男、坤は女となり、二氣交感して、万物が生まれ出る。萬物は生生して、變化窮まり無い。その中で最も優れているのが人間であり、その心のはたらきが最も霊妙である。既に肉体が生じ知覚が生じると、本来内在している五行の性は、外界の物に感じて動き、善悪その他、雑多な行為となる。
聖人は特に優れた気を受けて生まれており、心を静かに定め、欲望に動かされないから、中正仁義にその日常生活はかなっている。

 聖人はこのような人であるから、「周易」の乾卦伝にいうように、「聖人の徳は天地の徳と等しく、日月のように明るく、四時の循環のように秩序があり、鬼神のように吉凶を予知できる」という。君子は聖人までには到らないが、聖人の道を学ぶことにより吉を得て、小人はこれにそむくことにより凶を受ける。そこで周易の説卦伝には、「天の道を立てて陰と陽といい、地の道を立てて柔と剛といい、人の道を立てて仁と義という」とある。
 また繋辞上伝には「始めをたづねて終わりに反える。故に生死の説を知る」と述べている。
 易はたいしたものである。まさにここまで言っている。

 上記の前段の、陰陽五行による宇宙論は、道教の分野では古くから展開されてきた理論であるが、それを非常に簡潔な形で儒教に導入し、それに儒教の人間学を結合したところに、周濂渓=朱子の新しい着眼がある。それがこの冒頭の部分に見事に書かれているように思われる。
 その意味では、上記後段の「二氣交感して、萬物を化生す。萬物は生生して、變化窮まり無し。惟人のみ、其の秀を得て最も靈なり」以降の文章が、非常に面白い。

●天の命、物の理、そして人の性 ―宇宙と人間の根本原理
 
性即理 ―人間の本性はそのまま天理である
 近思録の冒頭にある「道体類」には、難解ではあるが面白い論考がいくつか見られる。その内から朱子学のエッセンスともいうべきものを、次にあげる。
<原文> 道体37
性即理也。天下之理、原其所自、未有不善。喜怒哀樂未發、何嘗不善。發而中節、則無往而不善、發不中節、然後爲不善。故凡言善惡、皆先善而後惡、言吉凶、皆先吉而後凶、言是非、皆先是而後非。

<読み下し文>
性は即ち理なり。天下の理、其の自(よ)る所を原(たず)ぬるに、未だ不善あらず。喜怒哀樂の未だ發せざる、何ぞ嘗て善ならざらん。發して節に中(あた)らば、則ち往くとして善ならざることなし。發して節に中らず、然して後に不善を爲す。故に凡そ善惡を言えば、皆善を先にし惡を後にす、吉凶を言えば、皆な吉を先にし凶を後にす、是非を言えば、皆な是を先にし非を後にす。

<解釈文>
人間の本性はそのまま天理である。あらゆる天下の理は、その根元までさかのぼれば不善はない。人の本性は、喜怒哀楽の感情が動かぬ時は、すべて善のみである。情が動いたときでも節度あるものはすべて善である。情が動いて節度を外し、不善をなしたとしても、皆善を優先させて悪を後にしている。吉凶の場合も、皆吉を先にし凶を後にしており、是非の場合も、皆な是を先にし非を後にしている。

 程伊川によれば、心に内在する性は、外に対しては情となるが、性は理であって、本来の性は善として現れる、というのがここでいう性即理である。これが孟子の性善説と同様の、朱子学一般に現れるオプチミズムであり、38節がそれを敷衍している。

<原文> 道体38
問心有善惡否。曰、在天爲命、在物爲理、在人爲性、主於身爲心。其實一也。心本善。發於思慮、則有善有不善。若旣發、則可謂之情、不可謂之心。譬如水、只可謂之水。至如流而爲派、或行於東、或行於西、卻謂之流也。

<読み下し文>
問う、心に善惡有りや否や。曰く、天に在りては命と爲(い)い、物に在りては理と爲い、人に在りては性と爲い、身に主たるを心と爲う。其の實は一なり。心は本善なり。思慮に發すれば、則ち善あり不善あり。若し旣に發すれば、則ち之を情と謂う可く、之を心と謂うべからず。譬えば水の如し、只だ之を水というべし。流れて派と爲り、或は東に行き、或は西に行くが如きにいたりては、卻って之を流と謂う也。

<解釈文>
心に善悪がありますか?という劉安節の問いに、程伊川が次のように答えた。天の命令を物については理といい、人については性というのである。人間の肉体を主宰するものを心といい、名称は異なっても実は一つのものである。心は本来、善であるが、思慮のはたらきにより、善と不善に分かれる。しかし心のはたらきは、情というべきものであり、もはや心というべきではない。それを譬えれば水のようなものである。流れて分流となり、東へ行ったり。西へ行ったりするのを見ると、もはや水ではなく流れと言った方がよいであろう。

 ここには、天―命、物―理、人―性、そして人の心の善悪の関係などが、解釈を必要としないほど分かりやすく説明されている。また仁についての新しい拡張解釈を、次にあげる。

 ▲拡張された「仁」の概念 ―「仁」は社会秩序の根本に位置するものか?

<原文> 道体35
問仁。伊川先生曰、此在諸公自思之。將聖賢所言仁處、類聚觀之、體認出來。孟子曰、惻隱之心、仁也。後人遂以愛爲仁。愛自是情、仁自是性。豈可專以愛爲仁。孟子言惻隱之心仁之端也。旣曰仁之端、則不可便謂之仁。退之言博愛之謂仁、非也。仁者固博愛。然便以博愛爲仁、則不可。

<読み下し文>
仁を問う。伊川先生曰く、此れ諸公自ら之を思うに在り。聖賢の仁を言う所の處を將(もっ)て、類聚して之を觀て、體認し出で來る。孟子曰く、惻隱の心は、仁なり、と。後人遂に愛を以て仁と爲す。愛は自ら是れ情にして、仁は自ら是れ性なり。豈專ら愛を以て仁と爲す可けんや。孟子は惻隱の心は仁の端なりと言えり。既に仁の端と曰えば、則ち便ち之を仁と謂う可からず。退之、博愛を之れ仁と謂うと言うは、非なり。仁者は固より博愛す。然れども便ち博愛を以て仁と爲すは、則ち可ならず、と。

<解釈文>
仁に対する問いに、程伊川先生が答えた。仁という概念は諸公がそれぞれ自分で考えたものに従っている。古来の聖賢が仁について見解を集めてみて、體認してでてくるものである。孟子の言では、惻隱の心が、仁である。後人は遂に愛を以て仁とした。愛は「情」であり、仁は「性」である。どうして「愛」をもって「仁」とすることができようか。孟子は惻隱の心は仁の端なりと言った。仁の端といっただけで、最早これを仁ということはできない。博愛を仁というのも非である。仁者は固より博愛する人であるが、博愛を以て仁と爲ることはできない、と。

 この文章から、程伊川により仁の概念が非常に厳密になったことが分かる。このWebでも取り上げたように、孔子における仁は愛であった。これに対して孟子は、惻隱の心が仁の始めであると述べている。さらにこれに対して、程伊川は、愛は人間の心から発する情であり、仁は性であるから、これを愛といってはならない、という。従って仁者は広く人を愛することから、韓退之が「博愛之を仁という」といったのは間違いである、と述べる。

 さらに、道体44においては、「天物に体して遺さざること、なお仁の事に体して在らざる無きがごとし。礼儀三百、威儀三千、一物として仁に在らざるなし」と書かれている。
 この言葉の解釈として、万物に理が内在していることは、すべての人間活動が仁の現れであり、礼儀三百、威儀三千といわれるような、社会秩序を維持するための社会規範のすべてが仁を体したものである、というところまで、仁の概念が拡大されたことがわかる。






 
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